Archive for the ‘第2章 激闘編’ Category

第20話 =Keep on playing !=

毎年この時期は、1年の中で一番バスキングの稼ぎが少ない。大体最盛期の半分くらいに落ち込むのだが、稼げない場所をブッキングした日には、1日数ポンドという日もある。したがって、この時期自国に帰ってしまうバスカーもいるし、長期休業してしまうバスカーもいる。実際バスキングしていても何となくパッとしないというか、モチベーションが下がっている。

そんなんでもバスキングのチップのみで生活してる以上、あまり休むわけにもいかない。そのうえ演奏している時は、見ている人は見ているもので、気合い入れて演奏してないと、なおさらチップの入りが悪くなる。

おまけに今日は、風邪気味で熱があるみたいだ。

1時間くらい経った頃だろうか、辛くなってきたので休憩していると、ひとりの青年が声をかけてきた。

「おい君、なんで演奏してないんだ?」なんて言ってる。こちらとしても好きで休んでるわけじゃない、風邪で熱があるのだ。体もだるいし… しかし本当の事言うと、心の奥には「この時期のこの場所じゃ一生懸命やったって、たいして稼げねーや」というやけっぱちな気持ちもあった。

彼は、僕のやる気の無さそうな顔を見ると、くるりと振り返り、バスキングピッチの前で大声を張り上げ始めた。

「えー皆さん! バスカーが一生懸命美しい音楽を奏でてますよ! どうかチップを入れてあげてください! さー皆さん是非チップを、是非チップをお願いしま~す!」

「なに~!? 勘弁してくれよ~」 バスキングピッチの前でそんなこと叫ばれては、やらないわけにはいかず、しぶしぶ演奏を再開した。

はじめは「おいおいふざけてんじゃねーよ、バカにされてんのかな?」などと思っていたのだが、だんだん彼の表情から本気でやっている事に気がついた。そして15分ほど、彼は一心不乱に通行人に声を掛け続けた。彼のパワーに触発されてか、僕の体調もいくらか良くなり、チップも入り始めた。

彼は、僕が調子出てきたのを確認すると「ほら、やり続けてれば、良い事あるじゃないか、止まっちゃだめだよ」と笑顔で言い、ホームの方に歩いて行った。そして見えなくなるまで、何度も振り返り、拳を上げ、僕に向かって叫んでいた。

「Keep on playing ! Don’t stop !  Keep on ! … Keep on ! …」

http://www.youtube.com/watch?v=TrLfVpu0esA

第19話 =ずるいバスカー=

バスカー仲間とはいえども、いい奴ばかりとは限らない。

最近は、場所取り争いも熾烈になってきている。事前の電話ブッキングにうまくいかなかったバスカー達は、各駅をぐるぐる歩き回って空きピッチを探す。今日は僕がブッキングしていたはずのピッチでジャマイカ人のバスカーが先に演奏していた。

僕が「ここは僕がブッキングしてたはずだけど?」と言うと、「冗談じゃねえ! 今日のこの時間は俺だよ。間違いねえよ、帰った、帰った!」と声を荒げた。僕もたまに勘違いすることもあるので、「じゃあ駅長室に行ってスケジュール表見て確認してくるよ」と言ってとりあえずその場を離れた。

ここグリーンパーク駅の駅長室はバスキングピッチからかなり遠い所にあり、移動するにも時間が掛かる。駅のスタッフもあんまり親切ではないので、なかなかスケジュールの確認もしづらい。

やっとこ駅長室に着いて、スケジュールを確認してもらったら、案の定僕の名前が載っている。どうもジャマイカ人の様子がおかしいと思っていたが、やっぱり彼は適当な事を言ってピッチを頂戴しようと思ってたみたいだ。振り返るとちょうど長老のバスカー「マスター」が後ろにいて、どうしたんだと話しかけてきた。ぼくが一通り説明するとマスターはこう言った。

「そんな事だろうと思ってたよ。あいつはいつもずるい事するんじゃよ。特にあんたは英語が達者じゃないからごまかしやすいと思ったんじゃろ。あいつには気を付けなさいよ」

時間は刻々と過ぎていく。

息を切らしながらピッチに戻ると、ジャマイカ人は僕と目を合わせない。僕が大声で「僕の名前がスケジュール表にあるからここは僕のピッチだ!」と言っても、「What? 何言ってんのか全然わかんねえよ。もっと英語勉強しろよ」と相手にしない。

こういうずるい奴は絶対許したくはないのだが、ここは外国、あんまり意固地になるより、スパッとあきらめて気持を切り替えた方がよい場合も少なくない。もう面倒くさいので帰ろうかと思っていた時だ。後ろから声がした。

「おい、ジャマイカンのあんちゃん。あんまり弱いものいじめするんじゃあないよ。確かにこの日本人の名前がスケジュール表にあったよ。わしも確認したから、今日のところはおとなしく譲りなされ」

おっ、なんとマスターではないか! この長い距離を老体なのに僕の為に歩いて助けに来てくれたのだ。重い荷物だってあるのに…。僕がよっぽど頼りなく見えたのだろう。

ジャマイカ人のバスカーもさすがにマスターに口ごたえは出来ないらしく、渋々演奏を止め「Sorry」と言って片付けはじめた。

マスターはそれを見届けると僕の方をみてうなずき、ゆっくりと長い廊下を歩いて行った。

 

第18話 =インド人の駅長=

http://www.youtube.com/watch?v=9XsdE6-mwXs

最近サウスケンジトン駅の駅長がかわり、インド系イギリス人の爺さんになった。

今日、駅長室に入ると爺さんは真剣に何かを凝視している。「こんにちは、忙しそうですねえ」と声をかけてバスキング許可証を渡してみたが、手だけ動かして目線は下を向いたまま。よっぱど何かに集中しているらしい。僕は身を乗り出して彼が何を見ているのか覗いてみた。

それは新聞だった。そして目線は間違いなく紙面の隅にある「数独」に張り付いていた。

勤務中に新聞のパズルで遊んでいるとはまったくもってイギリスらしいが、あまりにも真剣な顔だったのでちょっと聞いてみた。実はこの爺さんインド系だけあって、しゃべる事が理路整然としていていつも感心させられるのだ。今回は何と言うのだろう。

「それって数独ですよね? 難しいですかー?」と、いじる僕。

すると爺さん「おっ、お前か。お前さん、ワシが遊んどると思っとるじゃろ、この愚か者めが。ワシは脳の活性化のために数独をやっているんじゃよ。人間の脳はいつも使っておかにゃあならん、休むとボケるだけじゃよ。暇な時でもボーッとしてちゃあいかんよ、ワシみたいに常にパズルとかして鍛えてなきゃだめだ。さあ、さっさとバスキングでも何でも行け、ワシは忙しいんじゃ!」

なるほど、こう切り返してきたか。さすがはインド系イギリス人、何となく正当な理由な気もする。

これが普通のイギリス人だと一応適当な理由をこじつけるのだが、全然納得できないか、つまらない言い訳をする。

インド系イギリス人恐るべし。次も爺さんいじってみよう。

第17話 =便利屋稼業 その3=

好評の便利屋ネタ、第3弾を紹介してみよう。

これは僕が新宿の営業所にいた時の話である。ある若い女性からマンションの部屋掃除の依頼が来た。確か住所は新宿区大久保一丁目、近所なので歩いていった。

大久保という街はただでさえ渾沌としているのだが、細い路地を抜けてたどり着いたマンションは見るからに危なそうというか、妙な雰囲気だった。ドアを開けてくれたのは一見20代の普通のOL、彼女も知り合いに頼まれて来たとのことで、この部屋の住人の事は知らないらしい。

玄関から部屋の中を眺めてゾッとした。ものすごい汚れようなのである。便利屋に掃除を頼むくらいだから、ある程度は覚悟していたが、これ程だとは思わなかった。彼女の話によると、病気の老人が数十年住んでいて、ほとんど家から出ず、ゴミなどをまったく捨てに行かなかったらしい。よく言われるゴミ屋敷だ。そして最近、音沙汰が無いのでマンションの管理人が部屋を開けたら老人は死んでいたそうだ。死後数カ月経ってたと思われる状況だったとの事。

中の荷物を片付けててわかった事だが、この死んだ老人は医者兼タレントで、僕も昔テレビで見た事がある。名前は忘れた。ちなみにケーシー高峰ではない、最近テレビに出ないと思っていたら、こんな事になっていたとは…。

医者だったということもあり、ゴミの中に大量の薬、注射器、点滴の器具などが混じっていた。もしかしたら自分で延命治療をしていたのかもしれない。すでに2トントラック2杯分のゴミを搬出していて、今回は最終の後片付らしいが、それでも足の踏み場もないくらいの散らかりようだ。汚物の跡も大量にある。

結局三日間掛かってお化け屋敷みたいな部屋は何とか片付いた。あまりにも酷い環境下での作業だったので彼女も不平タラタラ作業していた。「ほんと、いいかげんにしてほしいよねっ!」と怒りをあらわにしていた。

最後に僕は押し入れの引き出しを開けて、金目の物でなければゴミ袋にどんどん捨てる作業をしていた。彼女は溜まったゴミ袋を外に出しに行っていた。

押し入れの一番奥に古い額縁があった。それを手に持って何気なしに見ていてハッとした。なんとそこには七五三の衣装を纏った、さっきまで一緒に掃除をしていた彼女の幼い頃の写真が入っていたのだ。僕の頭の中で彼女と死んだ住人が結びついた。

彼等は親子だったのだ。

僕はその写真をそのまま捨てていいものか迷ったので、ゴミ捨て場から帰ってきた彼女に、「こんなものが出てきたんだけど…」と言って手渡した。

はじめは怪訝そうにしていた彼女だったが、突然涙が溢れ出した。

彼女の話によると、十代の頃あまりに厳格だった父親に反発し、ある日突然家出をしたとの事。そしてそのまま今まで何の連絡もせず音信不通にしていたらしい。死んだことによって現在唯一の身内である彼女のところに行政から連絡が入ったのだそうだ。そしてあまりにも悲惨な状況だったので、他人の振りをして掃除を便利屋に依頼したらしい。

床に座り込んだ彼女がボーッと見つめているその額縁写真の中には、無邪気に戯けている幼い彼女の横で、優しく微笑んでいる父親の幸せそうな姿があった。

http://www.youtube.com/watch?v=7G560oUaYcU&feature=fvwrel

第16話 =駐在員の奥さん= 

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バスキングの途中、顔を上げたら可愛らしい日本人の女の子が立っていた。

なぜか僕の本を持っている。サインでもしてくれというのだろうか…。こっぱずかしいので黙っていると話しかけてきた。てっきり語学学生かと思っていたが、3人の子供がいるらしい。どうやら旦那さんの仕事の都合でロンドンに来ている典型的な「駐在員の奥さん」みたいだ。

見た感じはアイドルの「松浦亜弥」を彷佛させる。これで3人の子供がいるとは信じられないが、「これにサインしてくれませんか」と差し出された本にそえられた「手」を見て、なんとなく納得した。「3人の子供を育てた手」のような気がしたからだ。

彼女は話が一段落すると「横でちょっと聴かせてもらってもいいですか」と言い、端っこの方に歩いて行った。そして床に「体育会座り」をすると、「さあ、どうぞ」言わんばかりの満面の笑顔でこっちを見ている。僕の中で「駐在員の奥さん」と「体育会座り」がどうも結び付かない。かなり不自然だ。

やはり聴いててくれる人がいると思うとこちらも力が入る。「Your Song」や「We Are All Alone」、「In My Life」などの名曲オンパレード、いつもより魂3割アップで熱演だ。

渾身の力で髪を振り乱しながら演奏していると、信じられない光景が一瞬僕の視線の斜後方に写し出された。

彼女が… 「駐在員の奥さん」が… 泣いているのだ。それも尋常ではない、涙ボロボロなのだ。彼女は僕に気を使ってか、気づかれまいと必死に取り繕っている。僕は彼女のほうを振り返ることが出来なかった。なぜだか出来なかった。

僕の頭の中が混乱する。「なぜ、泣くんだ? 曲が良いとか、演奏に感動したとか、そういうたぐいの泣き方ではない。涙が止めどなくボロボロと落ち、まさに号泣といえるほど、何かが彼女の心を動かしている。素敵な旦那さんがいて、可愛い子供が3人いて、生活も何不自由なく暮らしていると、ついさっき言っていたではないか!」

彼女の心の奥底はわからない… わからないままでいいのだ…。

だから、振り返ってはいけない。

振り返っては、いけないのだ…。

第15話 =○○着ぐるみ=

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バスキング終了後、友人と飲みに行く約束をしていたので、ブラックフライアー駅に向かった。

ブラックフライアー駅付近には古いパブが何件かあり、なかには幽霊の出るパブとして観光名所になってるものもある。実際、あるパブで元牢獄だったという地下室に案内してもらった事があるが、マジで気持ち悪いので、あまりお勧めしない。興味のある人は「日本人ガイドと歩いて巡るお化けの出るパブツアー」というのがあるので参加してみてはどうだろう。

さて、ブラックフライアー駅の改札を出たところで、「凄い物体」を発見した。

「着ぐるみ」というか「かぶりもの」というか、巨大な肌色のハート型みたいな張りぼてに毛が生えた? どう見ても尋常ではない物体がダンスをしている。

一瞬思考停止した。

まさか、まさか、とは思ったが、やはりそれは「睾丸」だった。

中に入っている人もヤケクソ気味で、親指立てて「イエー!」とか叫んでいる。そして手には募金用の入れ物を下げていて、しきりに金を入れろとアピールしている。僕はしばし口を開けて呆然とした。インパクトあり過ぎて募金どころではない。

待ち合わせていたイギリス在住10年の友人に聞いたところ、それは「睾丸の癌」の患者を救う為の募金活動でイギリスでは有名らしい。だからといって「睾丸着ぐるみ」はいくらなんでもダイレクト過ぎはしないか?

ちょっと近づき難いぞ!

第14話 =魂のチャラ男=

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http://www.youtube.com/watch?v=iy3j-279uXY

ロンドンではバスが24時間走っている。深夜は本数が減るがロンドン市内を利用するには申し分ない。クラブとかギグで遅くなっても安いバスで帰れるのでとても良いシステムだと思う。こういう所は日本も見習ってもらいたい。あ、でもタクシー会社が潰れちゃうか?

今日は何かトラブルがあったのか深夜バスがなかなか来ない。イギリスの交通システムは日本ほどきっちりしてないので皆それほどせっかちではないのだが、深夜という事もあり誰もが早く帰りたいところだ。

1時間くらいかかってやっとバスが来た。すでに中は人でいっぱいだ。しかしこれに乗らないと次ぎのバスなどいつ来るかわからない。来たとしても満員で通過してしまう可能性もある。最悪もう朝まで来ないかもしれない。それがイギリスだ。

何とか詰めてみんな乗ったのだが、一番最後の青年(日本でいえばチャラ男と呼ばれている部類の容姿)が運転手の横のドアの前のスペースに立った。すると運転手は、規則でそこは立ってはいけない場所なのでもう少し詰めろとの事。そこに立っているうちは発車しないと言う。チャラ男の前にはクラブ帰りの中年女性の一団がいたが、少し押せば十分入り込めるスペースはあった。

しかし、チャラ男は運転手にこう言った。

「僕は女性を押してまでも乗りたいと思わないよ。そんな失礼なことは出来ない。次ぎのバスを待つよ」

そして運転手がドアを開けると颯爽と降りていった。

ロンドン在住の人は身にしみてわかっていると思うが、深夜バスはタイミングを逃すと何時間も乗れなかったりする。そういう意味で彼のとった行動は表彰するに値するくらい勇気ある決断だ。と僕は思っているのだが、彼にしてみれば当然の事なのかもしれない。

僕は日本の通勤ラッシュを思い出した。

もし、あの「チャラ男」が日本の満員電車の現状をが見たらなんと思うのであろうか…。

 

第13話 =バスキングピッチ=

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最近バスキングピッチに異変が起こっている。ちょっと前までは半円形の小さなステージらしきものが、バスキングピッチとして設置してあったのだが、今はそれが全部撤去されている。なぜかというと、ロンドン地下鉄のバスキングをサポートしてくれていたスポンサーが降りてしまったのだ。

全ての業務は今まで通り行われるので心配はいらないとのことだが、バスカー達からみれば、スポンサーが降りたという事実はけして気持ちのいいものではない。これからは、ロンドン地下鉄が独自に運営していく方針らしいが、イギリスのお国柄を考えると、スポンサーがついてない今、いつ突然バスキングの制度が無くなってもおかしくない。

ということで、最近は何も書いてない通路でバスキングをしている。一応壁にはそれらしいポスターみたいなものは貼ってあるのだが、以前のような「ここはバスキングピッチです!」みたいな場所ではないので、僕もちょっと困惑してやっている。通行人にしても、演奏が聴こえてこないとバスカーに気づかなかったりするので、チューニングしている時や、ちょっと飲み物をのんでいる時など、ぶつかったり、びっくりしてしまう人もいる。

なんとなく不安というかやりにくい。

今日、帰り道、ビクトリア駅を通りかかった時、かなり昔(ライセンス制度が出来る前)からいるイギリス人のバイオリニストが演奏していた。なんと彼はソシアルダンスでもしているかのごとく、軽やかなステップで縦横無尽にスルスルと移動しながらバイオリンを弾いているのだ。

バスキングピッチとして小さなステージがあった時は、そこから出てはいけないという規則があった。僕としては自分の縄張りが決まっているようでやりやすかったのだが、ライセンス制になる前からやっているバスカー達にしてみれば窮屈な感じがしていたのかもしれない。

スポンサーも降りてステージも無くなってしまった事を不安に思ってた僕に、バイオリニストは生き生きと言い放った。

「気持ちいいね~、枠が無くなって自由に動けるよー!」

第12話 =深町純氏=

惜しくも2010年に亡くなられたピアニスト深町純氏と、生前ロンドンでお会いした時の回想録です。

サウスケンジントン駅でのバスキングが終わった後、SOHO Japan というレストランで行われた深町純氏のコンサートにかけつけた。

深町純氏は有名なピアニストでスタジオミュージシャンとしても数々の名盤に参加している。特に印象に残っているのは、20年前、僕が音響の専門学校時代の授業の時間に、和田アキラ氏(超有名なスタジオミュージシャン ギタリスト)のエレキギターと、深町純氏の生ピアノだけのセッションのマスターテープを聴かせてもらった時の事だ。

なんのエフェクト処理(エコーとかイコライジングとか)もされてないマスターテープの生の音の繊細さと、曲のメロディアスさに感激し、超一流の実力というものに度胆を抜かれた。20年以上たった今でも、その時の感動を忘れていない。

コンサートの1曲目からやられた。

後でトークの時に言っていたが、すべて即興だそうである。宣伝のチラシにも書いてあった通り「天才ピアニスト 深町純」であった。

コンサートの中盤、氏が観客に話しかけた。

「だれか適当にメロディーを歌ってくれませんか? それを即興で曲にします」

すかさず隣にいた日系フリーペーパーの編集長が「土門君やりなさいよっ」と耳打ちした。ギターでメロディーを弾くならともかく、歌は専門外だし、バスキングの時でさえ歌わないのに、「なんてムチャブリするんだこの人はっ!」と面喰らった。彼女にしてみれば歌もギターも一緒らしい。そしたら今度は後ろの方で SOHO Japan の店長が、「土門君 やってみたら?」と大きな声をあげた。

「えー、勘弁してくれよ~(汗)」

こんな大勢の人の前でアカペラで歌を歌うなんて、尋常な事ではない。それもいきなり即興でメロディーを作れと言う難題だ。

結局、数分待ったが誰も手を上げないので、編集長が「早くやりなさいよ! あんたぐらいしかいないでしょ」という視線で僕を睨んだ。店長も進行上早く誰かに手を上げてもらいたい様子ありありだ。

お客さん全員の視線が僕に集中している、気がした。

「えい、こうなったら焼けくそだ。やってやろうじゃないの!」と手を上げた。このままでは「魂のバスカー」の名がすたる。

しかし、伴奏も合図も無いところで、いきなりメロディーをひねり出せと言われても非常に厳しい。いや〜な汗が出てきた。

でも、やるしかない。雰囲気的に、もう、やるしかないのである。

これを「火事場のクソ力」と言うのだろうか(馬鹿力だったか?)。どうにでもなれと思って大声を出したら意外にメロディアスなフレーズが出た。人間やれば出来るもんである。ほんの1フレーズであるが、氏はそれをモチーフにしてコードをつけ、展開していって、素晴らしく美しい曲に仕上げてくれた。さっきまで生きた心地がしなかった僕だったが、氏の演奏能力の巧みさに聴き惚れてしまった。

演奏が終わると会場拍手喝采の嵐であった。とりあえず「魂のバスカー」面目躍如?といったところだろうか。

その後、氏とオペラ歌手のセッションがあったり、「君が代」の即興演奏があったりして、感動のうちにコンサートは終了した。本当に素晴らしいコンサートで、いっぱいいろんな「ヒント」を貰った気がする。

 

しかし、僕の本当の「仕事」はまだ終わってないのである。

なんと無謀にも僕は「天才ピアニスト 深町純」氏に自分のデモCDを手渡そうという恐ろしい計画を企んでいたのだ。

コンサートが終わると氏と関係者が階上のレストランで2次会を行うというので、僕もその場に潜入した。氏のテーブルでは今日のコンサートの発起人や友人達、綺麗どころのお姉さん達が楽しそうに食事していた。僕は角の誰もいないテーブルで一人ビールをチビチビとやった。氏がトイレかなんかに行く時に話しかけて、デモCDを手渡そうとしていたのである。

しかし場が盛り上がってたせいか、氏はなかなか席を離れない。いくら僕でも宴席に無理矢理割り込んでいくのは気が引ける。ひたすら待った。

そんな異様な僕の行動を店長は察したらしく、「土門君、深町さんに挨拶したら? 僕が紹介してあげるよ」と声をかけてくれた。さすが店長、よく人を見ている。まあ、僕が手にCDを握りしめて、ギラギラした目で氏のテーブルを凝視してたらわかるか?(笑)

店長がタイミングを計って氏に話し掛け、「ロンドンの地下鉄でギターを弾いている土門君でーす!」と紹介した。

テーブル全員の視線が僕に集中した。何事かと店中がシーンとしてみんな聞き耳を立てている。僕は頭の中が真っ白になり、震える手にデモCDを握りしめたまま、硬直してしまった。

氏が優しく僕を見つめた。

僕はひと呼吸置き、最後の勇気を振り絞った。

 

後日談
亡くなる前のコンサートで、氏はこんな言葉を残している。

「夢というのは、叶うかどうかはどうでもいい。(夢は)見ることが大切だと僕は思います。それは人生の目標と同じだと思うんです。(客席に向かって)みんなはどういう人生が素晴らしい人生だと思う? 僕が信じていることはひとつです。死ぬ間際に、『僕の人生は素晴らしい人生だった』と思えれば、それが 『素晴らしい人生だ』と思う。で、そのためにどうすればいいかというと、これがわからないんですけど、僕にとってもっとも大切なことは、『夢をみること』 です。(夢が)叶うこと、叶えることじゃない。(客席から拍手) 夢なんて叶わないんですよ。でも、ある目標、目的を持って生きることはとても大切です」

第11話 =便利屋稼業 その2=

渡英前の便利屋の話が、一部の読者にウケたみたいなので、今度は僕自身の体験談から一つ紹介します。

ある日、蜂の巣退治の依頼が入った。蜂の巣退治などしたことはなかったが、こちとら便利屋である。出来ませんと言って断るわけにはいかない。まあ都心の蜂の巣などたいしたことないだろうと思い、調子こいて引き受けてしまった。

当日、Tシャツにジーパンの軽装で玄関に現れた僕を見て、依頼人のおばさんは怪訝そうな顔で言った。

「あんた、そんな格好で大丈夫なの? 蜂の巣とか捕った事あんの?」

「ない…」 けどそんなことは言えない。なんせ便利屋である。

「いやー、いつもやってますよ。こんなの慣れっこなんで、防虫アミとかなくてもへっちゃらですよ」とへらへら応対する僕。というか、蜂の巣捕りの道具など始めから無い。

とりあえず、その蜂の巣とやらを見せてもらうことにした。

見た瞬間、目が点になった。

直径50~60cmはあるだろうか、まわりを巨大なスズメバチがブンブン飛び回っている。あんなのに刺されたらたまったもんじゃない。命にかかわるかもしれない。んー、シャレにならん(汗)。

しかし便利屋である。「出来ません」と言って帰るわけにはいかない。

僕はおばさんに黒い大きなゴミ袋を用意してもらい、それを使ってなんとかしようと策を練った。おばさんも心配そうに見ている。しかし策などまったく思いつかない。

これは気合いと根性だけでスズメバチに戦いを挑むしかないようだ。とにかくあまり長時間ウダウダしているとおばさんに怪しまれる。うーむ、これはやるしかない。

僕はゴミ袋をむんずとつかむと「アチョー」というかけ声と同時に網戸を開け、そのままスタスタと蜂の巣の下まで歩いていき、ゴミ袋をいっきに巣にかぶせ、巣の根元を「ボキッ」と折り、そのまま鼻の穴をおっぴろげながら蜂の巣の入ったゴミ袋を持って家の中に戻り、網戸を「ピシッ」と閉めた。時間にして数秒。

おばさんは「奇人変人」でも見るかのように口をあんぐりとあけて僕を見ている。

スズメバチ達も僕のあまりのおもいっきりのよさに唖然としたのか、ブーンブーンと何ごともなかったように、もと蜂の巣があったあたりを飛んでいる。

心臓がバクバクして顔面がピクピク震えてたが、気づかれてはいけない。何度も言ってるが、なにせ便利屋である。

口あんぐりのおばさんから料金を受け取ると、「楽勝でしたよ、また宜しくお願いしま~す!」と颯爽と帰った。

う~、マジで寿命が縮む思いだった(大汗)。

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