Archive for the ‘第2章 激闘編’ Category

第30話 =今度儲かったら=

先日バスキング中、写真学校に通ってるという日本人の女性から声をかけられた。卒業課題だか何だかでバスカーの写真を撮りたいとの事。僕も自分の写真が欲しいのでギブ&テイクという事でOKした。

きょうは、その写真が出来たということで、バスキングが終わってからキングスロードにあるマクドナルドに入って写真を見せてもらっていた。ロンドンでマクドナルドに入ることなど滅多に無いのだが(節約の為)、なにしろ夜8時頃になるとキングスロードといえ、ほとんどの店は閉まってしまっている。外では寒いので二人ともTeaだけ注文し、暖かい店内で写真を眺めた。写真はモノクロで質感も良く、構図もバッチリで素晴らしいものだった。

そんなこんなで30分ほど談笑し店を出た。

階段の下にひとりのホームレスが座っていた。1月のロンドンの夜、外の気温は零下に近い。

ホームレスとバスカーは、小銭を貰って生活している点では一緒、どうしても他人事とは思えない。ましてこの寒さだ、イギリスでは毎年何百人というホームレスが凍死している。

僕の足が止まった。

僕はギターケースから小銭の入った袋を出すと、一掴みの小銭をホームレスに差し出そうとした。その時、ホームレスが口を開いた。

「おい兄ちゃん、あんたバスカーだろ? 気持はありがてえが、バスカーからカネ貰うわけにはいかねえな。兄ちゃん達だってこの寒い中、ギター弾いて歌って、なんとか生活していってんだろ。俺達はただ座って恵んでもらってるだけだ。申し訳なくてバスカーから貰うわけにはいかねえよ。まあ身体に気をつけて頑張ってくれや。いつか兄ちゃんにも良い事があるさ。ゴッド ブレス ユー」

…まさかホームレスから激励されるとは思わなかった。おまけに「ゴッド ブレス ユー」なんて言葉までもらった。

僕は「きょうは、いつもよりだいぶ儲かったんだよ。だからこれで温かいものでも食べてよ」と再びお金を差し出した。

すると彼は少しの間考えていたが「そうかい兄ちゃん、じゃあ、ありがたく頂くよ」と言いお金を受け取ると「今度俺が儲かったら、そこの高級レストランで御馳走してやるからな」と言ってウインクした。

第29話 =書店バスキング=

数年前、日本に一時帰国の際、書店でバスキングしながら拙著「地下鉄のギタリスト Busking in London」を、自分で売るという企画が出版社のはからいで行われた(今思うと結構無理あるよなあ?それも一人で)。今回はその模様を書いてみようと思います。

きょうは、渋谷センター街入り口にある老舗書店でのバスキング一日目。

場所は一階と二階の間の階段の踊り場、総面積にして畳半畳分くらいの極めて狭いバスキングピッチであった。折りたたみイスを置いたらほとんどスペースが無い。しかしながら極寒のサウスケンジントン駅トンネルよりはだいぶマシ、寒くもなければ、耳障りな構内放送も無い。

意気揚々とスタートしたものの、やはりここは書店の中、だいぶいつもと雰囲気が違う。階下から上がってくるお客さんは、見てはいけないものを見てしまったかのごとく僕から目を反らす。「すいません、お邪魔してしまって…」と謝りながら通っていくひともいる。就職活動中の学生からは「こんな場所でやるなんて度胸ありますねえ!」なんて言われる始末(別に度胸いらんと思うが…俺ビビリだし)。とにかく本人が思っているよりだいぶ「浮いてる」らしい。

結局この日は勝手がわからず演奏に専念、立ち読み客にはいいBGMになったと思うが、本は1冊も売れず。やる事に「意味」があると思ってはいたが、実際本が売れないのであれば「やる意味無し」。結果を出さなければ誰も認めてくれない。2時間終了後、多少へこんではいたものの、ここにきてかつての便利屋根性に火がついた。

「よし、明日は10冊売ってやろうじゃないの!」

そして二日目。

昨日の惨敗を反省して、寝る前考えた作戦を実行することにする。

その1、著者が自ら店内で生演奏をして自著の販売をしている事にみんな気づいてない(普通はそんな事しないので当り前だが)。これは自分でアピールしなければなるまい。しかしながら曲を途中で止めて、通りがかりの人に話しかけるのはタイミングが難しい。というか曲を途中で止められない。そこで曲を「戦場のメリークリスマス」と「Tears In Heaven」だに絞り、止めやすい状況を常に作る事にした(この二曲はシンプルなのでコントロールしやすい)。

その2、前を人が通る時はあまり演奏に集中せず、ひたすら笑顔で目を合わせてみる事にした。多少「変な人」と思われるかもしれないが、実際「変な人」なのでこの際気にしないことにする。

とはいえ、やはり音も重要だ。フロアーでは常に多くの人が立ち読みしている。聴いてないようで聴いている。店内BGMは切られているので出音は僕のギターだけ。近くに人がいない時でも今まで以上に気合いを入れ、魂込めて弾く事にする。

以上の事を踏まえて、努めて明るく、「こんにちは~! この本、僕が書いたんですけど、ちょっと見てくれませんか~?」と声をかけ続けた。反応は両極端、完全に無視する人もいれば、手に取って1、2ページ読んでくれる人もいる。無視されるのは結構辛く、ボディブローのように効いてくるが、10人に1人くらいは立ち止まって会話してくれたりする。

30分後、1冊、2冊と売れ始めた。そして最終的には昨日の目標通り、2時間で10冊売れたのであった。

人間やる気になれば出来るものだ。

結局、出版社の担当さんにお願いして、追加、追加でロンドンに帰る前日まで書店バスキングを続行させてもらった。こうなったらもう意地である。人間勢いがついてくると恐いもので、本は毎回順調に売れ続けた。初日が0冊だったのが嘘のようだ。

後で聞いた話だが、著者の店内2時間生演奏など前代未聞らしい(バスキングで慣れっこなので6時間くらいは平気ですが?)。それに、ここは渋谷の一等地、無名の著者がイベントを出来るだけでもラッキーだそうだ。実は初めはあまり乗り気でなかった書店内バスキング(店長&担当者さんすまん)、その他にもいろいろな事があったが最終的には「やって良かった」と充実感に溢れて終了することができた。

ロンドンに帰ってからネットカフェであちこち検索していると、偶然その書店の前月の売り上げベスト5のページを発見した。第1位は木村拓也の写真集、第2位はRinkaの写真集、そして第3位には…「地下鉄のギタリスト Busking in London」が燦然と輝いていたのだった(感涙)。

第28話 =妖精に出会った日=

BGM

本日はクリスマスイヴ、すごく寒い一日だった。

場所はサウスケンジントン駅からミュージアムに続く長いトンネル。

「Tears In Heaven」を弾いている最中、ふと顔を上げると小さな女の子がいた。
12、3才くらいだろうか、まわりに大人の姿は見えなかった。

少女はこの寒いのに白いレースの服を着ている。上着はない。肌は透き通るよう白く、髪はブロンド、まるでおとぎ話に出てくる妖精そのものだ。そして、絹のようなファルセットで僕のギターに合わせて歌っている。

一瞬、まわりの景色が真っ白になった。

まるで雲の上の天国にいるようだ。僕と少女しかこの場にいないように感じた。
どうしたんだろう? あまりに寒くて幻覚でも見ているのだろうか。

少女は目をつぶって、こころなしか微笑みながら歌っている。
僕も微笑みながらギターを弾いている。
何故かとても幸せな気分、不思議なパワーでも送ってくれているかのようだ。

Would you know my name
If I saw you in heaven?
Would you feel the same
If I saw you in heaven?
I must be strong and carry on
‘Cause I know I don’t belong here in heaven

Would you hold my hand
If I saw you in heaven?
Would you help me stand
If I saw you in heaven?
I’ll find my way through night and day
‘Cause I know I just can’t stay here in heaven

Time can bring you down, time can bend your knees
Time can break your heart, have you begging please, begging please

Beyond the door there’s peace I’m sure
And I know there’ll be no more tears in heaven

Would you know my name
If I saw you in heaven?
Would you feel the same
If I saw you in heaven?
I must be strong and carry on
Cause I know I don’t belong here in heaven

ふと、眠りから覚めたように現実に戻った。

目の前ではたくさんの人が忙しそうに歩いている。
少女はもういなかった。

しかし、それは幻覚ではなかった。
遠くの方に「白い杖」をついて歩いていく少女の姿が見えた。

少しばかり体が温かくなった気がした。

 

第27話 =真っ赤なミニスカート=

クリスマスが近くなると、僕らバスカーはサンタクロースの衣装を着たり、クリスマスソングを演奏したりして地下鉄内を盛り上げる。僕も12月に入ってから「Happy X’mas」や 「Silent night」など演奏してロンドンのクリスマスに微力ながら貢献している(つもり)。

今日は、僕の前にあの「爆音ブルースマン スティービー」と金髪の美人バスカーのお姉さんが2人でバスキングしていた。曲は「真っ赤なお鼻のトナカイさん」。伴奏はもちろんスティービーの爆音ギターだが、なかなかテンションの効いたブルージーなコードワークで気持良い。美人と一緒で楽しいのか、スティービーのギターもノリノリだ。お姉さんも、クリスマスらしく真っ赤なミニスカートに真っ赤なジャケット、それにサンタ帽もかぶっていて可愛らしい。

この後にブッキングしている僕が来たので二人は演奏を終了し、次のピッチに移動する準備を始めた。

スティービーは、お姉さんにサインアウトの手続き(バスキング終了時に駅長室へ行って終了時間などを記入する事)をしてくるよう頼むと、全速力で片付けはじめた。次のピッチのトテナムコートロード駅まであと10分で移動しないと、そこで演奏できる権利を失ってしまうからだ。自分のブッキングしたピッチに20分遅れると、誰かが先にバスキングしてた場合、そのまま権利を譲らなければならない。

しかし、駅長室へ行ったお姉さんはなかなか戻ってこない。

しかたがないのでスティービーは「もう時間が無いから先に行ってるって彼女に伝えておいてくれ!」と、僕に頼んでスタスタと行ってしまった。

それから5分ほどして、お姉さんが戻ってきた。

僕は「彼は先に行ってるって」というつもりだったが、これといった英文が思い浮かばなかったため「He’s gone.」(彼はどっか行っちゃたよ)と言ってしまった。今から思えば「He is waiting for you at the next station.」とでも言えばよかったと思うが、とっさの場合なかなかぴったりの英文が出てこないもんだ(ちょっと言い訳)。

その途端、今まで可愛らしく下向き加減でくねくね話してたお姉さんの目が吊り上がり、般若のような顔になった。そして、べらんめえ調の下品な英語で「なに〜(FUCK!!!)あたしの稼いだカネはどこ行っちゃったのよっ! あいつどっちの方向に行きやがったんだ〜! とっとと言いやがれ、このJAP!」と、きたもんだ(汗)。

僕は唖然としてしまい「あ、あっちー」と言ってセントラルラインのホームの方を指差した。

すると、お姉さんはまたもや「FUCK!!!」と叫び、くるりと振り返ると、ものすごいスピードでダッシュしていった。

その後ろ姿の真っ赤なミニスカートから出た細い足が、ものすごく「ガニ股」だったのが、今も目に焼き付いてはなれない…。

第26話 =剃刀バイオリン=

本日は久々に寒さがぶり返してきた。

12月も後半、凍えるようなピカデリーサーカス駅でのバスキングを終了し帰りの乗り換え駅でのこと。下りのエスカレーターに乗るとバイオリンの音色が聴こえてきた。

「おかしいなあ? 確かこの駅にはバスキングピッチが無かったはずだが…。」どうもイリーガル(無許可)のバスカーがエスカレーターの下にいるみたいだ。

「せっかくライセンス制になって駅員達とも仲良くやってるのに、あんまり波風の立つような事はしてほしくないなあ。スポンサーとかと揉めたら地下鉄のバスキングシステム自体が撤廃されてしまうかもしれない。困った人もいるもんだ」なんて思いながら降りていった。

バイオリンの音色がだんだん大きくなってきた。

僕の耳が反応した。「な、なんだ、この壮絶な音色は…」

人間わざとは思えない高速フレーズ、悪魔が乗り移ったようなビブラート、そしてこの凍るような寒さだ。これは尋常ではない。エスカレーターの真下にバイオリンを弾いている女性が見えてきた。

年齢は30才くらいだろうか、北欧系の凛とした顔だちで細身、栗色の髪を振り乱しているのが見える。この寒いのにノースリーブの黒いワンピース一枚、オーケストラとかの演奏者がステージで着てるような衣装だ。そして鬼気迫る形相で思いつめたように一点を見つめ、物凄いスピードで弓を引いている。

彼女は今イリーガルのバスキングを強行している。なにかの理由でライセンスが取れないのか、不法滞在なのか理由はわからないが、最近取り締まりが厳しくなっているので、捕まったら罰金刑か強制送還させられるかもしれない。とにかく、よっぽどの事情がなければ彼女も無許可でバスキングはしないだろう。

通行人もこの尋常ではない演奏に触発されてか、ほとんどの人がお金を投げ込んでいる。彼女も自分がイリーガルでやってるのを意識してるのだろう、お金が入っているバイオリンケースを自分の目の前のエスカレーターの手すりの横に置き、いつでも持って逃げれる体勢をとっている。凄い緊張感だ。僕もいくらかの小銭を投げ込んだ。その時、彼女の後ろにコートがたたんで置いてあるのが見えた。

彼女は、わざとコートを脱いで演奏しているのだ。

元々、北欧のどこかの国の交響楽団の一員だったのかもしれない。並外れた演奏テクニックがそれを物語っている。そして、今着ている黒いノースリーブはその時のステージ衣装だったのかもしれない。彼女は自身のプライドからなのか、気合いを入れる為なのか、この深夜の極寒の地下鉄の中、薄手のステージ衣装で全力を振り絞って、震えながらバイオリンを弾いているのだ。

テクニックがどうのこうのといったレベルはとうに超えている。もうイリーガルだとかリーガルだとか、そんな事もどうでもいい。

あたり一面、狂気と悲愴の空間に塗り潰されていた。彼女の剃刀のような音色が僕の身体を削ぐ。僕は歯を食いしばって彼女の前を通り過ぎた。

前が見えない。なぜか僕の目から涙が滝のように落ち、止まらない。

本当に止まらないのだ…。

第25話 =ドナドナおやじ=

ドナドナおやじは、拙著「地下鉄のギタリスト Busking in London」で紹介したが、冬でもTシャツに短パンでボサボサの長髪、いつも「ドナドナ」をアイリッシュの笛でしょぼーく吹いているホームレス風のおやじバスカーである。

本日ピカデリーサーカス駅のバスキングピッチを通りがかった時、ひさしぶりに「ドナドナおやじ」を発見した。

一瞬、僕は自分の目を疑った。な、な、なんと、ドナドナおやじがイメージチェンジしているではないか!

真っ赤なパンタロンに真っ赤なベスト、中にはパリッとした白いYシャツ着用だ。ボサボサだった長髪は綺麗に後ろで束ねられ、一見プロレスラーの故ブルーザ・ブロディーにも見える。外人顔のせいか、ちゃんとすると結構男前だ。

それにぬわんと楽器が変わっているっ!

いつもは雑誌の付録みたいな小さい笛だったのが、今度のは全盛期のスクエア(日本のフュージョンバンド)で伊東たけしが使っていたような近未来的なシェイプのエレクトリック・リコーダーのような物を吹いている。あんなこジャレた楽器ロンドンで初めて見た。

残念ながら曲は『ドナドナ』ではなく、アイリッシュ民謡のようなものだったが、バッキングトラックも使用し、これまた新品のデカいアンプで大音量でバスキングしていた。

どうしたのだろう、なんか縁起の悪いものを見てしまった気分だ。

ドナドナおやじはエスカレーターを降りていく僕に気がついたみたいだが、目をそらして知らんぷりしている。大胆なイメージチェンジだったので自分でも恥ずかしいのかもしれない。

しかし、ああしかし…
相変わらず音程はヘロヘロだった。

第24話 =僕のフラット=

現在、というかバスキングをやり始めてから今まで、僕はバスキングの収入だけで生活している。それを言うとびっくりする人もいるが、贅沢しなければ何とかやっていけたりするものだ。したがって今住んでいるフラット(日本でいう共同アパートみたいなもの)も結構ギリギリの状態だ。

まず、電話線が無い。ので当然インターネットは出来ない。この原稿も一度CDに焼いて近くのネットカフェから送っている。以前はこれで毎週メールマガジンも発行していたのだ(2003年当時の話です)。次にセントラルヒーティングが無い。これは今の時期非常につらい。おまけに部屋は、庭の中にあるプレハブ小屋だ。冷たい湿気を吸った壁が身に凍みる。まあ値段が値段なので文句は言えない。

しかし、しかしだ。この時季バスルームだけは何とかしてもらいたい。

以下バスキングとは全く関係ない話だが、たまにはいいだろう(関係なくもないか? バスキングだけの収入で住めるロンドンのフラット紹介という意味では)。

なんと、うちのバスルームは夏でも寒いのである。したがって冬は極寒となりシャワーを浴びるにも一大決心がいる。もちろん暖房は無いし、お湯をためる事もできない。そして最悪なことに、数分おきにお湯が冷水にチェンジするという(いったいどういう仕組みになっているのであろうか?)恐山の修行場みたいなシャワーなのである。その上、シャワーの口は何故か前方壁上方に固定されているので動かすことが出来ず、いつも髪を洗っている最中に突然冷水を浴びる事になる(ちなみに他のフラットメイト達は我慢できず、裏にあるスポーツジムに入会していて、そこのシャワーを使用しているらしい)。

さて、その時どうするか?

僕が苦心の末あみ出した策は、お湯がぬるくなってきたと感じたら片手で頭を洗いながらも、もう一方の手で風呂桶を前方上空にかざし、冷水を遮断するのだ。出来れば呼吸も止めるとかなり寒さが紛れる。この間数分、次ぎにお湯が出てくるまで、真っ裸で泡まみれになりながらも、まるでシュープリームスの「Stop in the name of love」の「Stop!」という時の「振り付け」みたいな格好で震えながら風呂桶で冷水を避け続けるのである。

これを名付けて、「一人シュープリームス」と呼んでいる(ネタではない。事実である)。

第23話 =ロックスターと遭遇=

今日はノッティングヒルゲイト駅でのバスキング。

ノッティングヒルといえば、お金持ちがたくさん住んでるという認識をしている人も多いが、意外にそうでもない。ジャマイカやアフリカからの移民も多いし、ノッティングヒルという名前につられて住んでいる日本人の貧乏学生もいる。芸能人や文化人も住んでいるにはいるが、彼等は普段地下鉄など使わないので、バスキングピッチで会う事はまず無い。したがってここノッティングヒルゲイト駅のピッチは、皆さんが思っているよりも儲からないのである。実際このピッチの予約状況も芳しくなく、空いている場合が多い。

しかしながら、たとえビッグなミュージシャンや有名な映画スターが通ったとしても、僕はあまりテレビを観ないし、映画にも行かないので顔がわからない。もしフィル・コリンズが£1入れてくれたとしても絶対普通のおじさんと思って気づかないだろう(いや、フィル・コリンズだったら誰も気づかないか?)。

さて、今日のバスキング中にバスカー仲間の爆音スティービー(彼はドでかいスピーカーでブルースギターを弾き倒す中年不良バスカー)がふらっとやって来た。彼はノッティングヒルに住んでいるのだ。

「よっ先輩、今日も頑張ってるねえ、それはそうと今そこ通ったオヤジ誰か知ってるか?」

僕はまったく気にもしてなかった。

「いや全然。誰なんだい?」

するとスティービーは自慢げに言った。

「なんだ、気づかなかったのかっ! あれはミック・ジョーンズだよ! あービックリ、ビックリ、ウヒャヒャヒャヒャー! 俺だったらなんか派手な曲やってアピールしたのになあ、ああ残念、残念」

一応僕は「そうだったの!」とビックリして見せたが、本当はミック・ジョーンズの顔も知らないし、曲もわからない。でも名前は昔からちょこちょこ雑誌で見てたのでUKロック界の大御所にはちがいないだろう。

こういう事があるからバスキング中は手を抜けない。いつ、なんどき、誰が見ているかわからない。特にここノッティングヒルゲイト駅は大物芸能人が通ることは少ないとしても、プロデューサークラスの人達は結構利用しているはず、これからも気合いを入れて演奏することにしよう。

そういえば、ミック・ジョーンズ(後に伝説のパンクバンド「クラッシュ」のメンバーと判明)が僕の前を通った時、何弾いてたっけなあ?

そうだ「天国への階段」だった。

確かにちょっと地味すぎたか…。

第22話 =迷信=

本日バスキングに向かう途中のノーザンラインの電車の中での事である。

僕の真ん前に30代くらいの女性が座った。容姿はいたって普通、服装は小奇麗で上品であった。しかし、僕の目を釘付けにしたものがあった。

右側のほっぺたに1cmくらいの大きなホクロがあり、そこから毛が生えているのだ。それも1本ではない。1cmのホクロの全面から30本くらい生えているのだ。長さは7、8cmくらいはある。

これは強烈だ。インパクトあり過ぎ。
見てはいけないと思えば思う程、目が吸い寄せられていく。

その女性はけっしてブスとかデブとか言われるような容姿ではない、どちらかといえば、外国人のその年代にしては綺麗な方だと思う。それが何故かホクロから大量の毛である。

いくらイギリスが個人主義の国で他人の目を気にしないとはいえ、これはあんまりではないか!(実際まわりの乗客は誰も気にしてないが…)。

しかし、ホクロに毛が生えていると「金持ち」になるという迷信(?)を聞いた
事があったので、今度は身に付けている物を物色してみた。

なんと、両手の指全部に指輪をはめている。ダイヤモンドとかルビーとかの宝石系でどれも高そうだ。ブレスレットもいっぱいしているし、足にも何かはめている。バッグは有名なブランド品だ(グッチとかいうやつか?)。洋服もイタリアのブランド物っぽい。すべてが本物でないとしても、とうてい貧乏には見えない。やはり彼女は「金持ち」の部類に入るだろう。

うーん、迷信は本当だった。僕がこの目で確認した。

そしてまた僕の視線は、彼女のホクロの毛に吸い寄せられていく…。

第21話 =素早い金田一=

先週からずっと僕の前か後の時間帯でバスキングしているおじさんがいる。フォークギターでジャズっぽいギターソロをやっている。映画音楽、イージーリスニング、そんな感じの選曲で地下鉄バスキングとしては正統派の部類に入るだろう。

いつも苦虫を噛んだような顔をしていて、どことなく古谷一行が金田一耕助を演じてた時の雰囲気がする。

先日僕がピッチに歩いていくと金田一が見えた。彼は内側に向けた腕時計をちらちら見ながら演奏していたが、ちょうど時間になったらしく急に曲の途中で終了したかと思うとアンプとお金の入ったバスケットをひょいと掴み、そのまま歩いて去っていった。ギターは肩に下げたままだ。時間にして0.5秒、素早い。

次の日、今度は時間になって彼が来たのが見えたので僕は片付けを始めた。僕がピッチの横に移動すると、金田一はアンプを床に置き、間髪入れずにギターを弾きだした。またもや0.5秒、早すぎる。普通はセッティングやらなんやらで10分くらいかかるのだが…。

どうも彼のギターとアンプは始めっからつながっているみたいだ。ボリュームやトーンもすでにテープで固定されている。まあ長年やってるので固定してても問題ないのであろうがチューニングすらしてない。もうすべて事前に調整済みなのだ。

今日もまた会ってしまった。いつも帰る時何かボソボソ言っているので、今日は注意深く聞き耳をたててみた。

相変わらず、挨拶も無く、目も合わせず0.5秒で去っていった。

「Time is money, time is money ……」と言いながら。

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