第16話 =駐在員の奥さん= 

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BGM

バスキングの途中、顔を上げたら可愛らしい日本人の女の子が立っていた。

なぜか僕の本を持っている。サインでもしてくれというのだろうか…。こっぱずかしいので黙っていると話しかけてきた。てっきり語学学生かと思っていたが、3人の子供がいるらしい。どうやら旦那さんの仕事の都合でロンドンに来ている典型的な「駐在員の奥さん」みたいだ。

見た感じはアイドルの「松浦亜弥」を彷佛させる。これで3人の子供がいるとは信じられないが、「これにサインしてくれませんか」と差し出された本にそえられた「手」を見て、なんとなく納得した。「3人の子供を育てた手」のような気がしたからだ。

彼女は話が一段落すると「横でちょっと聴かせてもらってもいいですか」と言い、端っこの方に歩いて行った。そして床に「体育会座り」をすると、「さあ、どうぞ」言わんばかりの満面の笑顔でこっちを見ている。僕の中で「駐在員の奥さん」と「体育会座り」がどうも結び付かない。かなり不自然だ。

やはり聴いててくれる人がいると思うとこちらも力が入る。「Your Song」や「We Are All Alone」、「In My Life」などの名曲オンパレード、いつもより魂3割アップで熱演だ。

渾身の力で髪を振り乱しながら演奏していると、信じられない光景が一瞬僕の視線の斜後方に写し出された。

彼女が… 「駐在員の奥さん」が… 泣いているのだ。それも尋常ではない、涙ボロボロなのだ。彼女は僕に気を使ってか、気づかれまいと必死に取り繕っている。僕は彼女のほうを振り返ることが出来なかった。なぜだか出来なかった。

僕の頭の中が混乱する。「なぜ、泣くんだ? 曲が良いとか、演奏に感動したとか、そういうたぐいの泣き方ではない。涙が止めどなくボロボロと落ち、まさに号泣といえるほど、何かが彼女の心を動かしている。素敵な旦那さんがいて、可愛い子供が3人いて、生活も何不自由なく暮らしていると、ついさっき言っていたではないか!」

彼女の心の奥底はわからない… わからないままでいいのだ…。

だから、振り返ってはいけない。

振り返っては、いけないのだ…。



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